Photo by Akemi Katsuno (Love the Life)
04. 引き継がれるデザイン

河上:僕が最初に野井さんの空間と出会ったのは「ファンダンゴ」(1987/*21)なんです。大阪の十三にあるライブハウスで、今もあります。僕が居たのは18の頃なんで、もう25年以上前ですが。

野井:河上さん、ここで演奏されてたんですよね。

河上:バンドはやってたようなやってないような感じですが、DJをやったり、遊びに行ったりと、とにかく毎週のように入り浸ってました。ウルフルズとかがまだアマチュアで、ようやってましたね。その頃に「杏舎」にも良く行っていて、オーナーに「働けへんか?」って言われて。

野井:長いおつき合いなんですね。

河上:そうなんです。「杏舎」と「ファンダンゴ」は青春の長い時間を過ごした場所ですね。それがどちらも野井さんのデザインやと知ったのはだいぶ後なんですが。


Photo by Seiryo Yamada

野井:あそこにあるのは「モンスーン」(1990/*22)という商業施設の絵です。御堂筋からアメリカ村へ入ったところにありました(上の写真左2枚)。これはたしか工場の跡で、5年間で潰すという約束で、超ローコストで作られへんか、という話しやったんですね。スレートの屋根が被さってたんですけど、それは全部取っ払ってます。剥き出しのトラス構造の骨組みにワイヤー入りの波板ガラスを嵌めたんですね。この旗がいっぱい吊ってあるとこがアプローチで、これが中庭の空間、これが2階のブティックです。ここも屋根が全部ガラスでやったんで、後で布を吊りました。
この写真の「アヤココシノ」(2005/*23)は、岸和田の商店街にある小篠綾子(*24)さんの店です(上の写真右)。小篠さんはコシノヒロコ(*25)さんのお母さんで、8年前に92歳で亡くなられました。その一年くらい前にヒロコさんから電話で依頼があったんです。
場所はアーケードに面していて、外壁に直接雨がかからないので、上からずーっと格子状に木を組みました。毎年9月になると祭りのだんじりがこの前を通るんですね。それをお客さんに見てもらうのが第一の目的やったんです。1、2階をほぼ全部改装して、2階の格子の一部が開くようにしました。そこからちょうどだんじりの屋根の高さが望める。囃子に合わせて兄ちゃんが踊ってるわけです。すごく迫力があるんですよ。出来てから間もなくして小篠さんは亡くなったんですが、毎年祭りにはお客さんを招待してはりましたね。
これは照明の姿を一切出さない方法で、梁の上に照明器具が乗ってるんです。隣から長屋の梁がずーっと続いてて、その上にノミでV溝を切って、中にランプを仕込んでいったんです。だから光は全て天井に行って、はね返った光が室内を照らしてます。間接光ですね。

河上:朝ドラの「カーネーション」(*26)にインテリアデザイナーの人が登場して、たぶんあれ野井さんのことや、みたいな話を聞いたことがあります。

野井:まったく知らなかったです。全然違ったデザインをしてたんちがいますか。もともとヨーロピアンぽい店やったのを僕が一切変えてしまったんですけど、NHKの放送があってからまたその造作を取ってしまわれたんです。それで再度「コシノ洋装店」の看板を上げたんですね。改装前のような雰囲気に戻されたわけです。ちょっともったいない話しですけどね。


Photo by Akemi Katsuno (Love the Life)

河上:野井さんの最近の作品に「スクニッツォ」(2010/*27)というピザ屋さんがあります(下の写真左)。この巡回展を一番最初に開いたギャラリー&カフェ「イトヘン」(*28)さんの向かいですね。

野井:前は中華料理屋さんやったところをほぼ全面改装してます。

河上:ここは去年ミシュランのビブグルマン(*29)に選ばれてガイドブックに載ってるんですね。

野井:聞くところによると食べて呑んで5000円以内で、そこそこバランスがいい店ということらしいです。インテリアとかデザインも含めてね。

河上:いつ行っても満席で、なかなか予約が取れないくらいの美味しい店ですね。

野井:美味しいです。ロゴは鰺坂さん(*30)がデザインされました。向かいの「イトヘン」は鰺坂さんが運営なさってますんで、ぜひ覗いて下さい。

河上:ぜひツアーで行っていただけたらと思います。「スクニッツォ」は最近土日だけランチをはじめたらしいですし。

野井:オーナーの中井君は和歌山の方で、お父さんとは長年付き合いがあったんです。30年以上前にお父さんからデザインの依頼があったんです。商店建築(雑誌)を見て電話してきてくれはったんですね。中井君はその頃に生まれたんです。

河上:お父さんの店はこちらにドローイングのある「ワンダーランド」(1981/*31)ですね。「スクニッツォ」のオーナーは今回の野井さんの作品集にもかなり協力されていると伺いました。

野井:中井君から本を作らないかという提案があった、と鰺坂さんに聞いた時はびっくりしました。そう思ってもらえるんなら、と話がまとまって、今日に至ってます。あまりきらびやかな本を作るんじゃなくって、自分の気持ちが出てたらいいな、というさりげない本です。


Photo (Left) by Seiryo Yamada / Photo (Right) by Takumi Ota

河上:次の巡回展が決まっている「マテリオベース」(2011/*32)を見てみましょう(上の写真右)。中川ケミカルというフィルムのメーカーが、その本社のすぐ近くに作ったギャラリーですね

野井:ギャラリーとバーとオフィスがあるんです。場所は日本橋の一番東端の方ですね。大阪で言うと本町の心斎橋寄りの丼池筋ってあるでしょ。ああいうところの雰囲気に近いです。問屋が多いんですよ。もうちょっと北へ行くと浅草の方です。下町ですね。5階建てで、外壁は全部モルタルで仕上げました

河上:もともとは窓があったんですか?。

野井:ありました。側面の窓はそのまま活かしたんですけど、正面だけは全部塞いでます。この写真は会議室ですね。椅子は杉の木で作っていて、上から寒冷紗(粗い平織りの薄布)を貼って、それからニカワを擦り込んで、最後に漆を塗ったんです。杉はわりとやわらかい針葉樹なんで、割れやすいし強度もそんなに強くないんですけど、漆を施すと硬くなるんですね。締まるんです。だからこういう細いデザインでも成り立つんですね。壁の仕上げは中川ケミカルのマテリオという商品です。薄いシートなんですけど、表に鉄の錆の粉がいっぱいついてまして、それを壁とか建具に貼っていったんです。

河上:この壁が開くんですが、ここに蕎麦打ち台があるんですよね。反対側には焼酎がぎっしり入っています。

野井:社長が蕎麦打ちの名人で、焼酎は九州のほぼ全域から取り寄せてあります。九州だけでもすごい種類があるんですね。